街には東京の雑踏とはかけ離れた『しずけさ』があり、
商店街にも耳障りな音楽はかかっておらず、
目障りなネオンがチカチカすることもない。
子供の頃から憧れていた街ウィーンは思い描いていたよりもずっと大人な街だった。
聞こえてくる言語は一言もわからず高揚する。
『フランス語が十分に話せるようになったらドイツ語を習ってみよう』とは思わない。
『わからないほうがいい。頭に静けさがほしい。 処女のように夢を見たい。』
ダックスフンドダッックスフンドダックスフンドォダックスゥフンド......
人々がダックスフンドを繰り返し言っているように聞こえるのだった。ドイツ語、ミステリアス。
Sacher
なんといってもウィーンはトルテ。
一番有名とされるSACHERにて破壊的に美しい金髪美女が席に案内してくれる。
酒飲み体質のわたしでも全然いけてしまうトルテ。心を掴まれた。。。
凍ってしまった池に鳩
ウィーンの鳩は肥満気味だった。
寒いからであろうか、顎の下が贅肉で揺れていてハウルに出てくる荒地の魔女のようであった。
チョコレートもたくさん落ちているのかな。
ドイツ騎士団教会にてコンサート
演奏者4名、観客15名という贅沢なminiコンサート。寒さでコートを脱がずに鑑賞。
Staarts Oper
オペラ座
オペラ座でサロメを鑑賞。
何を着ていったらよいのかわからず、事前にネットや本で下調べをすると、どこもかしこも
『おしゃれをしていこう』『冬でもクロークの前で着替えられるから靴を変える』
と書かれている。
日本から一張羅、マーク•ジェイコブスのドレスとパンプスを持って行きバッチリメイクして臨む。
すると、ですよ。
『ちょっとそこのコンビニまでねぇ〜』みたいな人たちがどんどん出現する。
いやいや、あの人たちは写真を撮りにきただけでお客さんではないのだ、きっと。
そう自分に言い聞かせるもそのコンビニトライブは続々と席に座り始める。
頑張っちゃってるの、わたしひとりだけ。。。
でもね、え〜、歩いてやりましたよ、堂々と、はい。
Johann StrauB 憧れのヨハン•シュトラウス
根暗なせいかショパンはよく聞くけれど、小さな頃は将来はウィーンの舞踏会で素敵な王子様とダンスをするのだと、シュトラウスを聞いたものでした。ここにいたのかシュトラウス。
毎日会社に通う夫を置いてきぼりに一人で飛び立ったため、ホテルの部屋で残金と相談。
贅沢は敵!
しかし、手袋を外してお財布を出すのも疎ましいくらい寒かったため、余分な買い物をしなかった。
cafe Schwarzenbergにてローカルフードのシュニッツェルをいただく。おいしくはなかった。
友人の強いススメにより立ち寄ったカフェにて、少し歳のいったギャルソンが
『なんでオーストリアに来たの?日本人観光客はそんなに多くないんだよ』と言う。
『小さな時フルートを習っていて、その勉強で鑑賞したウィーン出身のオーケストラがとても楽しく演奏していて素晴らしかったんだけど、その優れた指揮者はヨハネス•ビュルトナーっていうオーストリア人だったの。
それが理由かもしれない。』と答えた。すると
『え?本当?僕、彼知ってるよ。ここにもよく来るし。僕は彼のコンサートタダなんだ!』と。
30年前のおぼろげな記憶でしゃべっていたのに、あの遠い記憶の指揮者の友人が目の前にいる。。。
ギャルソンは気をよくしてくれたのかニコニコと鍵のかかった引き出しをあけ、カフェの写真入りの大きなハガキを2枚くれ、『今度、彼に君のことを伝えておくよ!きっと喜ぶな。』と。
もっといいものがほしい。。。
街を歩いたりカフェに入ったりして感じたこと、いや、感じなかったことは人種差別。
パリではよく感じる差別をここでは感じない。
ヒトラーの国なのに、感じない。
住んだり生活になってしまえばもしかすると感じるのかもしれないけれど、
いち観光客としては微塵も感じないのだった。
人は目をみて笑顔で話してくれる。
平気で窓際のよい席に通してくれる。
レストランの店員さんが『明日はどのスポットに観光するの?』と気軽に聞いてくることもあった。
僭越ながら...ナンパしてくれるサービス精神旺盛な若者さえいた。
若者よ、ありがとう!
日本に帰って友人に自慢しちゃう。
オペラ座
恋に落ちたよ、ウィーン。
ローカルフードはアレだけど、でもダントツ一位で大好きだよ、ウィーン。
今後もドイツ語は勉強しないけど、愛してるよ、ウィーン!
縁もゆかりもないこの地を子供のように透明な気持ちで味わった。
頭に静寂が戻った。